部首
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部首(ぶしゅ)とは、漢字を構成する字形要素の一つである偏旁を、漢字を分類する際の基準として定めたものである。すべての漢字は必ず、いずれかの部首に所属する。後漢の許慎の著で紀元100年/永元12に成立した『説文解字(せつもんかいじ)』以来、字書では見出しとなる漢字を部首ごとにまとめて配列するのが一般的である。
部首の本義は、漢字を部によって分類したときの、その部の最初の文字という意味である。部によって分類すると、その最初にはその部の部分だけによって成り、何の変形もしていない字がその部の代表として置かれる。この字を部首と呼ぶのだが、それを元に行った分類法自体も「部首」と呼ぶようになったのであろう。
古い辞書や参考書等において、我々の考える部首のことを「偏旁冠脚」(へんぼうかんきゃく)または「偏旁」という別称を用いる場合が散見される。これは現象としては逆で、現代日本において「部首」という言葉が「偏旁冠脚」の意味を混用するようになったためである。上記のようにもともと部首とは分類名・分類法のことであり、漢字のパーツを意味する言葉は「偏旁冠脚」であったが、現代日本において「部首」という言葉でパーツの意味を表すようにもなっている。
[編集] 学校教育における部首
中学校の国語においても、教科書によって部首の定義は分かれている。使用者の最も多い光村図書の現行の教科書(中学一年)では、「作・今・人」などの漢字について、「これらは、人の動作や状態に関するものが多いので、『人』の部にまとめられている。このときの『人』を部首という。」と書いている。これは、上記の「漢字を部によって分類したときの、その部の最初の文字という意味である。部によって分類すると、その最初にはその部の部分だけによって成り、何の変形もしていない字がその部の代表として置かれる。この字を部首と呼ぶ」という考え方に近い。一方、三省堂の教科書(中学一年)では「部首とはいくつかの漢字に共通している、漢字の一部分のこと」と定義している。この考えに立てば、「作」の部首はにんべんであるということになる。これは、上記の「『部首』という言葉が『偏旁冠脚』の意味を混用するようになった」現状を追認したものといえる。ほかの教科書も、この考え方に立っている。なお光村図書の教科書では、上記引用部に続けて、「部首のあつかいは漢和辞典によってちがうこともあるので、注意する必要がある。」という断り書きを載せている。
[編集] 部首分類の歴史
初めて漢字を部首によって分類したのは『説文解字』である。『説文解字』は篆書体(小篆)の漢字を540の部首に分けて体系付け、その成り立ちを「象形・指事・会意・形声・転注・仮借」の6種(六書;りくしょ)の原理に従って解説したものである。
『説文解字』の部首分類は、漢字の意味をその構成部分の持つ意味によって体系化することを目的としたものである。その上、ある漢字を元にして派生した漢字が1字でもあれば元になる漢字を必ず部首として立てるという方針で編纂されているため、「殺」や「放」などの形声文字も部首として立てられている。部首の数も非常に多く、「一」から「十」までの数字、「甲」から「癸」までの十干、「子」から「亥」までの十二支がすべて部首になっている。部首の配列法は意味の関連と字形の関連によっているが、数の冒頭である「一」で始まり、十二支の末尾である「亥」で終わるもので、陰陽五行の理念の影響を強く受けている。そのため、部首分類を利用して目当ての字を探し出すことは極めて困難であった。
以後、『説文解字』に倣って、部首によって漢字を分類した書物(これを字書と呼ぶ)がいくつか作られた。『玉篇』(542部首)、『類篇』(540部首)などの字書は、親字が楷書体となり、字解の内容も漢字の成り立ちでなく字義を中心としたものに変わっている。しかし、取り上げられている部首は『類篇』では『説文解字』と全く同じであり、『玉篇』でも違いはわずかである。そのため、検索については『説文解字』と同じ欠点を持っていた。
中国では、長い間、検索の利便性の点から、漢字を部首別に並べた字書の配列よりも、漢字を韻目順に並べた韻書の配列の方が多く利用されてきた。部首分類の祖である『説文解字』も、南宋の時代に部首を韻目順に並べ替えた『説文解字五音韻譜』が出るとたいへん広く使われ、一時は『説文解字』というとこの本のことを指すほどであった。『佩文韻府』(はいぶんいんぷ)や『隷辨』(れいべん)などが韻目順であるのは、検索にもっとも便利であるからである。
その後、遼の僧侶行均の『龍龕手鑑』(りゅうがんしゅかん)(242部首)、金の韓孝彦・韓道昭の『五音篇海』(444部首)など、部首の数をしぼって索引の便を図った字書が出た。特に『五音篇海』は同一部首に属する漢字の画数順配列を(部分的にではあるが)採用している。しかし、これらの字書では、まだ部首自体の配列順に画数順は採られておらず、『龍龕手鑑』では部首を韻目順に配列し、『五音篇海』では五音三十六字母の順、すなわち部首字の子音順に配列する方式が採られていた。
[編集] 画数順の214部首
現在の画数順に214部首を並べる形は、明の万暦43年(1615年)、梅膺祚によって編纂された『字彙』によって初めて行われた。『字彙』は部首の配列順及びその部首に属する漢字の配列順をすべて画数順とした画期的な字書である。それ以前の字書に多く見られた所属文字の極めて少ない部首を大胆に統合したこともあって、本書の出現によって字書による漢字の検索は以前に比べて極めて容易になった。
『字彙』による所属文字の少ない部首の統合の実例を見てみよう。『説文解字』では「男部」に「男、甥、舅」の3字が属するが、『字彙』では「男部」は廃止され、「男」は「力部」に、「甥」は「生部」に、「舅」は「臼部」に移っている。「甥」も「舅」も形声文字であり「生」「臼」はその音符、「男」は意符にあたる。詳しくは「部首分類の実際」の項で説明するが、形声文字の部首はその意符の部分であるのが原則である。であるから、理屈の上では、『説文解字』のように部首を「男」とする方が正しい。しかし、『字彙』はあえて理屈によらないことによって所属文字わずか3字の「男部」を廃止し、結果として検索をより容易にしている。
このように、『説文解字』の部首が漢字を意味により分類し体系づけることを目的としているのに対し、『字彙』の部首は漢字を検索するための形態による分類の道具、という面が強い。しかし、全体的には意味によって漢字を分類するという要素も残している。
日本の漢和辞典の多くは、『字彙』の配列順におおむね従った『康熙字典』の214種類の部首による分類を基本にしている。なお、『字彙』の部首と『康熙字典』の部首の配列の違いは、『字彙』が5画部首の冒頭を「玉玄瓜」の順としているのを、『康熙字典』が康熙帝の御名「玄」を5画部首の冒頭にするために「玄玉瓜」の順に改めているなど、2ヶ所に過ぎない。それぞれの漢字の部首の決め方は、『字彙』がどちらかというと字形に傾いているのを、『康熙字典』はやや字義優先に修正している。
なお、これらの214部の分類で、同画数の部首の配列順序には、全体を貫く原則は存在しない。しかし、2画では「人」「儿」「入」「八」部が、3画では「土」「士」部が、4画では「日」「曰」部が並んでいるように類似の部首を並べる配慮がされているほか、4画で「牙」「牛」「犬」部が並んでいるように意味の類似した部首をまとめようとしていることも窺える。
日本の漢和辞典の多くは、『康熙字典』の部首の配列順序をおおむね踏襲しているが、現代中国の漢字辞典は同画数の部首の配列順序は筆画順に配列されているものが多い。
[編集] 部首分類の実際
『康熙字典』では原則として部首を意符に基づいて分類しており、例えば
読・計・詩・訂・訓・話・誓・變・誾
という九つの漢字は、すべて「言部」という部首に属する。
部首は、原則として文字のグループに共通する意味を表すので、部首のつく位置は必ずしも一定していない。たとえば「鳥」が「鴃(もず)」のように偏となることも、「鶏(にわとり)」のように旁となることも、「鳧(けり)」のように冠となることも、「鶯(うぐいす)」のように脚となることもあるが、どの位置についてもそれが「鳥部」の字であることに変わりはない。上記の「言」は偏になることが多いので「ごんべん(言偏)」と呼ばれているが、「誓」などのように偏以外の位置につくこともあり、そうしたものも「言部」の字であることに変わりはない。
漢字の90%以上を占める形声文字は、意味を示す「意符」の部分と、音を示す「音符」の部分によって成っている。形声文字では部首の部分が意符となることが多いため、部首の部分を比較的容易に見つけることができる。
たとえば、「放」の字は「方」が音符なので意符は「攵」、したがって「攴部」に属する。「牧」の字は「攵」が音符なので意符は「牛」、したがって「牛部」に属する。「閥」の字は「伐」が音符なので意符は「門」、したがって「門部」に属する。「聞」の字は「門」が音符なので意符は「耳」、したがって「耳部」に属する。
しかし、会意文字では、構成要素がいずれも「意符」にあたるため、そのうちのどれが部首になるかの判断は困難である。たとえば、「相」は木と目の会意文字である。「木部」「目部」のどちらでもいいようであるが、康熙字典では旁の「目部」に属するため、検索が困難になっている。なお、説文解字でも「相」は「目部」に属する。「男」は田と力の会意文字であるが、康熙字典では脚の「力部」に属する。しかし、説文解字では「男部」が立てられている。
『康熙字典』の部首は、214種に限定されているため、検索の便を図るため、字義と関係なく、似た字形を持つ部首に帰属させたものもある。象形文字は本来部首になるべきものであるが、その象形文字を意符として作られた漢字が存在しない場合や極めて少数である場合には、部首を立てても検索をいたずらに困難にするだけである。そのため、象形文字は、「甲」「申」「由」がいずれも「田部」に属するように、字義と無関係な部首に属する場合が多い。また、部首の中には「亠部」のように、字源ではなく字形によって分類することによって検索に役立つことだけを目的に立てられたものも一部含まれている。
部首分類の実際の方法には明確な規定はなく、同一の漢字の部首が辞典によって異なることがしばしば見られる。分類の仕方は大きく、字形で配列する、字義で配列する、の2種類に分けられる。康熙字典は字義を重視した配列であり、日本の漢和辞典の多くは基本的にそれを踏襲している。その中で、『新明解漢和辞典』などの、長澤規矩也編の三省堂の漢和辞典は、字形を重視して配列を行っている。
中国の漢字辞典も、現状では字義を重視して康熙字典に準じた部首を採用するもの、字形を重視して索引の便を図るものの両者が並立している。
[編集] 新字体の部首
現在の日本では当用漢字及び常用漢字の新字体によって部首の字形が変形したもの、全体を簡略化したもの、従来の字の一部分を省略したものがある。そのため、「万」(旧字は「萬」で、従来の部首は「艸部」)、「声」(旧字は「聲」で、従来の部首は「耳部」)などのように、従来の部首では不自然であり、検索ができなくなってしまった漢字が存在する。これらについては、各漢和辞典によって若干の修正がなされている。一方で「円」のように、字体は変わっても多くの漢和辞典では元の字体(圓)の部首「囗」に属させているような例もある。ちなみに「円」は、新字体字形による分類では、「冂」に属することが多い。
しかし、今日でもどの部首を立てるか、またどの部首に配列させるかは、各漢和辞典によって一定しない。
[編集] 画数の数え方
漢字の画数を数えるときは一筆で書ける点画を1画と数える。これは、部首においても同様である。
部首の中には通常の明朝体と違う画数が定められているものがある。たとえば、「瓜部」は通常の明朝活字の通りに画数を数えると6画になるが、康熙字典では5画の部首とされている。
中国と日本では、部首や部分の画数が違う場合もある。例えば、「こざとへん・おおざと(磨j」は康熙字典では3画に数えるが、現在の中国では2画、日本では3画となっている。なお、「磨vを初めて3画と数えた『字彙』の凡例には、2画部首の「卩」と区別するために3画と数えたという旨が書かれている。「鬼部」は康熙字典では10画の部首であり、日本では10画に数えるが、現在の中国では9画である。これは、中国では日本で4画目としている縦画と7画目としている左払いをつなげて書く字体が正式な字体とされているためである。
また、「臣部」は、康熙字典では左の縦画と下の横画をつなげて6画と計算され、現在の中国でも6画としているが、現在日本では7画と教育しているため、漢和辞典によっては7画の部首としていることがある。
[編集] 部首の変形
「心部」の字は部首が偏になった場合は「情」「性」「憎」のように変形して3画の「ト_」の形になる。これを「りっしんべん」と呼ぶ。しかしこれも部首が脚になった「慕」の「・」(したごころ)と同一の「心部」の字である。偏になって「ト_」となった場合も、「心」の形である場合も、部首は「心」であることに変わりはない(なお、「慕」の下部は「りっしんべん」に一点が加わった形である。)。
そもそも、初めて漢字を部首によって分類した『説文解字』では、親字が篆書体であったため、「心」も「ト_」も同形であった。「心」と「ト_」の字形の違いは、篆書体から隷書体に書体が変化した際に生まれたものである(この際の漢字の字形の大きな変化を「隷変」と呼ぶ。)。
従って、楷書や明朝体を使用するようになった現在でも、多くの字書では、部首が変形したものを本来の部首に所属させている。そのため、「胴」「胸」など「月(にくづき)」が付く字が、4画の「月部」でなく6画の「肉部」に属するなどの一見不自然な状態が生じている。
[編集] 部分の構成要素
部分は構造により二つ以上に分かれることがある。基本的な部首の区分けとしては以下を参照。
偏(へん):左に位置する。
旁(つくり):右に位置する。
冠(かんむり):上部に位置する。
脚(あし):下部に位置する。
構(かまえ):全体を包むように位置する。
垂(たれ):上部から下部に垂れ下がるように位置する。
繞(にょう):左から下部にそって位置する。
偏旁は元になった文字とは形が違う(変形している)こともしばしばある。例えば、「示(しめす)」という部首は、常用漢字及び楷書においては「;y(しめすへん)」(カタカナの「ネ」の形)となる。