Those were the days
悲しき天使 (Those Were the Days) は、イギリスのメリー・ホプキン(Mary Hopkin)が歌ったヒット・ソング。
ビルボード(Billboard)誌では、1968年11月2日に最高位の第2位を獲得。ビルボード誌1968年年間ランキングでは第17位。 全英チャートにおいては49⇒7⇒2⇒1と4週間で到達しそれまで2週間No.1だったビートルズのヘイ・ジュードを 蹴落とし6週間No.1に輝き、1968年間では3位になっている。原題は、直訳すると「あの頃は……の日々だった」という意味であり、歌詞の大意は、壮年期の人間が、青春時代を思い返してロマンティックに美化するというものである。したがって邦題は、英語歌詞の内容とは何の関係もない。
イギリスで活躍したアメリカ合衆国出身の歌手、ジーン・ラスキンの作詞作曲とされているが、正確にはロシアもしくはウクライナの歌謡曲をラスキンが編曲したものであり、より厳密にはコンスタンチン・ポドレフスキー(Konstantin Podrevsky)の詩にボリス・フォーミン(Boris Fomin, 1908年?1948年)が、クレツマーないしはジプシー音楽の様式で曲づけした歌“Дорогой длинною”(この道に沿って、この道を)である。ソビエト連邦からの亡命者によって欧米に広められるうち、いつしか作者不詳の「ロシア民謡」と呼ばれるようになり、その後1962年にラスキンが自作として発表したために、ラスキンの作品と呼ばれるようになったらしい。
1968年にポール・マッカートニーが、弱冠18歳のフォーク歌手メリー・ホプキンをプロデュースして「悲しき天使」のシングルを発表し、国際的にヒットし、その後さらにスペイン語版、ドイツ語版、ヴィッキーによるフランス語版もリリースされた。なお、シングル「悲しき天使」は、アップル・レコードから発売された最初のレコードである。
日本では発売されて約2ヶ月後に200万枚を超す大ヒットとなったピンキーとキラーズ『恋の季節』を抜いてオリコン・シングルチャートの1位に輝いている。また、漣健児によって訳詞が付けられ、森山良子や南沙織・広川あけみによってカバーされた。
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