要領のいい説明の方法 など・・・
どうも最近お仕事の性質が,不本意ながら抽象的なものが増えてきてしまった。
何かの達成を目指す,というより,プロジェクトやらセクションやらの調整が増えてきた。
「着実に力を付けて,これだけの成果を上げた!」という実感がない・・・
しこたま勉強させられて,振り返ってみて,「ああ昨日よりは進歩したかな」という感慨がない・・・
と,まあぼやいても仕方がないのだが・・・
調整なんぞという仕事は,人の話を聞いて,それをさらに別の人に話す作業が基本で,結局,自分のして欲しいこと(印鑑をつけとか,予算を認めろとか,もっとえらい人にあなたから説明しろとか)を相手にしてもらう作業な訳だが,どうも,この「説明」というやつを苦手な人も多いらしいことに,最近気がついた。
「結局,私に何をして欲しいのか?」ということが,よくわからない「説明」が,結構多いのだ。
個人的には,「この人は結局何を言いたいのか?」と推理しながら,使っている「言葉(単語)」の妥当性や論理の展開を追っかけてみるのは,その人の言語生活や精神風景をかいま見るようで密かに楽しかったりするのだが,さはさりながら一方で,鉄火場進行しているお仕事を抱えながら,ひとり「結局,私に何をして欲しいのか?」を楽しむことも(周りの皆さんに)気が引けるので,「要領のいい説明の方法」なるものをまとめてみた。
まとめたといっても,ブックオフで「それらしい本」を100円で買ってきて,後輩にサマリーを作るようお願いして,出てきたものを取捨選択して見やすくして落ちてるものを加えただけ・・・![]()
で,機会を見つけて関係の皆さんにお裾分けしたわけだが,この中で,最も大切なことは,やはり【0.説明の前に】を認識して相手に臨むことだろうか。
・・・(ここから本題)・・・
しかし,これはあくまで,「相手にわかってもらう」ことを目的とした「まとめ」であり,世の中には,そうではない目的のための「説明」や「文章」もあるのだ。
(実に多かったりする。)
煙に巻かれたようで結局何が何だかわからない」,「彼の立場からはこう解釈できるが,彼女の立場からは確かにこうも解釈できる」といった,原則から外れた文章やら説明やらに出くわす(創作する)ことも,なぜか最近は多いのである・・・
これは実に高度(な技術)で高級(な認識)であって,まさに豊富な経験に基づく認識が老練な言説(文章)に結実した,味わうべき見習うべきものであって,「結局何が言いたいのか?」などという空気を読めない発言をしてはならない(たとえ心で思っても)ものなのである。
この境地に至れば,もはや言葉や文字は既に記号でしかなく,彼我の共同幻想の乖離をその記号の量で表す,不立文字の哲学に立ち入ることができる・・・(とはいえ,聴く(読む)だけならともかく,関わりたくはないわけだが・・・)
「仮名序」などとは対極にある境地ですね・・・
◇古今和歌集 仮名序
やまと歌は
人の心を種として
よろづの言の葉とぞなれりける
世の中にある人
事 業しげきものなれば
心に思ふことを見るもの聞くものにつけて
言ひいだせるなり
花に鳴くうぐひす
水に住むかはづの声を聞けば
生きとし生けるもの
いづれか歌をよまざりける
力をも入れずして天地を動かし
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ
男女のなかをもやはらげ
猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり
